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その1、福寿司について
家の近所に寿司屋がある。平家の一軒家で、大阪市天王寺区の真田山という交差点の角だ。そう、あの真田幸村がいたから真田山というのである。歴史的にも名高い土地だ。
といっても、その寿司屋に「落ち武者巻」とか「幸村にぎり」なんてものがあるわけではない。普通の寿司屋だ。「福寿司」という看板だけがちょっと小ぎれいなくらいで、あとは全然な店である。10坪くらいのカウンターだけの店内に、どんなに頑張っても15人も入らないという感じだし、家そのものが傾いてる。
店内は雑然としてて、カウンターごしに見る厨房も、お世辞にもきれいとは言えない。親父もくたびれてるし、時々奥さんがカウンターにつっぷっして寝てたりする。入った瞬間は「おいおい、味大丈夫か?」という雰囲気だ。
しかし、ここの親父の目利きにはすぐに驚かされる。奴は金の斧を持っている!そのくたびれた風体とは違って、ものすごく新鮮で上物の寿司をささっと出すのである。一度、夏に岩牡蠣を頼んだら、彼が文句を言いながら何個も貝を開いては捨て出したことがあった。「あかん、これも…あかんわ。みんな食えな」そうブツブツ言ってる姿はちょっと無気味なくらいだった。
なんせ、夏だし、貝だし…当たったら怖いしなぁ…キャンセルするか?と内心思っていたら、「よっしゃ、これいこう」とやっと彼のおめがねにかなった岩牡蠣が出てきた。私はその新鮮さ、艶、大きさに驚いてしまった。こんなきれいな牡蠣、料亭でも見たことないでぇ!と料亭なんか行った事無いくせに叫んでしまったのだ。
聞けば、親父は貝にはうるさいらしく、普通の寿司屋なら黙って出すようなものでも「あかん」と言って捨ててしまうらしい。奥さんが「あかんねん、うちのお父さん。箱ごと買うてきては、中を見て捨ててしまう方が多いねん。この間なんかまだまだいけるのに、全部捨ててしもうたわ。そら儲からんわ、うち」と嘆いていた。
しかし、そのこだわりとセンスこそが最高なのだ。箱ごと捨てるような彼の職人気質が出されたものに現れているのである。嗚呼、全国の人に福寿司に行ってほしいと心から思えるような店だ。
ただ、そんなに腕のいい親父だが物忘れがひどく、3つ以上の注文は通らない。「えっと、次なんやった?」と食べてる最中に聞き返されるし、時には「あれ、わしさっきのマグロどこにやった?」と食材の在る場所さえ忘れられることもある。だから夜中に小腹が空いてる人にはお薦めだが、空腹の人にはたまらないほどイライラさせられる店でもある。
ともかく、親父の目利きの部分以外はどうしようもない店だが、大阪にお寄りの節は是非行って貝を注文してみて下さい!
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わかぎえふ(Wakagi F)
役者・作家・演出家。2つの劇団「リリパットアーミー||」と「ラックシステム」を主催。作、演出、美術、出演を兼ねながらリリパットアーミーではコメディ、ラックシステムでは大阪弁のシチュエーションドラマを手掛け、交代で企画、上演を続けている。また、最近では独自の演出法からワークショップの依頼も多く、演劇関係者や劇場、企業などでも講師として教えている。エッセイストとしても著書多数。月産100枚以上の原稿を書くことで業界では有名。連載は週間、月間など会わせて10本以上。最近は小説、テレビ、ラジオの脚本も手掛けている。古典芸能やバレエ、映画、絵画への関心も高く、その方面でのテレビ出演も多い。 |
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