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『僕は僕を助けにいくよ』について
私には今も忘れられないひとりのヒーローがいる。
その名を小野太郎という。ご存知の方は殆どいないだろう。
20数年前アングラ演劇盛んなりし頃、「劇団つんぼさじき」という
劇団で看板を張っていた役者、その人が小野太郎である。
作・演出の山崎哲率いる「劇団つんぼさじき」は、唐十郎の赤テント、佐藤信の黒テント、寺山修司の天井桟敷の次世代のアングラ劇団として全国で活躍していた。私は、その「劇団つんぼさじき」の大ファンだった。
芝居を充分に理解していたとは言いがたいが、独特の熱気とファンタジー、そして音楽と肉体の呼応に酔いしれた。しかし一番の目的は、看板役者・小野太郎に会うことだった。私のヒーローは、赤テントの根津甚八でもなく、黒テントの清水紘治でもなかった。少年のような体型、髪型の小柄な俳優・小野太郎は、浣腸を股間にはさみ白い液を客席に飛ばしながら、「あの時僕は、美智子妃殿下に恋をしていたのです」と語りかけ、また時には、頭からかぶった女性物のパンティーから鉄腕アトムのように髪を立たせ、『今僕は、僕を助けに来ました』と叫んだ。
反体制を身に纏い、猥雑に装飾されたアングラの中で、小野太郎の存在は、ひときわ輝いていた。その少年のような澄んだ瞳は、いつも私にまっすぐに問い掛けてきた。『自分は、誰なんだ?』・・・と。
いや正確には、そんな科白はなかった。でも小野太郎の瞳からは、いつもその科白だけが聞こえて来た。
『自分は、誰なのか?』・・・この問いかけは、いつも胸に突き刺さり、私の青春の殆どは、その謎解きに費やされたように思う。ファンが嵩じて小野太郎さんの自宅にまで押しかけ、3本程自主制作映画にも出演してもらった。
その後劇団は解体し、小野太郎さんは体を壊されたこともあって、芝居の世界から離れていった。
今でも忘れられない大切なヒーロー「小野太郎」。今どうしているのかな?
私は、あの『自分は誰なんだ?』という問いかけに、まだ何も答えることができていない。
謎は解かれないまま放っぽりだされ、青春の忘れ物となってホコリをかぶっている。先ずは、ホコリをはらおう。私という一人称を僕に変えて、僕のヒーロー・小野太郎の問いかけに、敢然と立ち向かうところから始めてみよう。
パンティーを頭からかぶり、
『太郎ちゃん!僕は、僕を助けに行くよ!』
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