ここでガンバルしかねえじゃねえかについて 学生の頃、新宿に住んでいた。 その当時私はピンク映画と呼ばれるポルノ映画の助監督をしていて、歌舞伎町界隈を駆けずり回っていた。スケベな小道具が欲しいと言われれば、大人のオモチャ屋を一軒一軒回り、撮影のため車を止めろと言われれば、黄色いヘルメットひとつで工事といつわり車を止め恐いオニイサンに殴られたりもした。低予算のため、三泊四日不眠不休で撮影し続けなければならない。疲れ果てて、新宿コマ劇場前の広場でひと休み。周囲は現在の歌舞伎町ほど多国籍ではないとはいえ、ギラついた眼と疲れた眼が入り交じり、あきらめと焦燥、そそのかしとボッタクリの混浴大浴場といった感じである。でもその広場に座り込み、汚い空気を吸っていると、なんだか落ち着いて、又撮影現場に戻る元気が湧いてきたのは何故だったのだろう? 眠っていない私は、少しだけウトウトしていたようだ。 大人のオモチャ屋のオヤジがいつのまにか傍らに立ち、「ガンバレや、ニイチャン」と、マムシドリンクを差し出してくれる。「アリガトウ」と受け取ると、オヤジの後ろには小さいけれど確かに空があり、ひとつかふたつだけれど星もまたたいていた。 リセットばやりだという。コンピュータのリセットキーのようにポンと押すだけで、環境をすべて変えてしまう。もしそんなことができるならば、人は群がるように飛びつくかもしれない。でも、現実はそんなに甘くない。 「何処へ行ったって、変わりゃしねえ」「逃げられるもんなら、逃げてみな」・・・歌舞伎町の恐いオニイサン達の哲学的な脅しが聞こえてきそうである。 ここでまた、大人のオモチャ屋のオヤジの声。「オニイチャン、あんたいつも走ってんな、この街を。オレは、座ってるけどな」とヘタクソなアメリカンジョーク。少しだけ歌舞伎町が好きな理由がわかってきた。 風を切って走り、疲れ果てて街の真ん中で座り込む。地面に手をつけると、少しだけ温かい。逃げ出そうと思っても、逃げ出せない者達の喜びと悲しみが溶け出したアスファルトは、「ここでガンバルしかねえじゃねえか」と吐息をつく。 環境は、変わらなくてもいいよ。・・・でも・・ココロが少しだけ変わった。