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COLUMN INDEX
▼no4
貫徹について

▼no3
不変について

▼no2
限界について

▼no1
服従について

 またもや逃げ出した。俺は、部屋の電気を消し耳をそばだてる事にした。カソコソ聞こえてきた!電気をつけると、そこにいた。オオクワガタ。飼ったばかりなのに、もう逃げられるんかいと、自分につっこみつつ、オオクワガタをゲージに入れた。
 俺は、今まで逃がしたことのあるペットを思い出した。
ほこりまみれになって、乾燥しかけて出てきた朝鮮鈴ガエル、押し入れの服に穴を開けまくられたハムスターのチャイ、実家で壁の裏に入り込んでしまい、壁に穴を開けまくって最後はチーズにおびき寄せられて出てきたこれまたハムスターのトトロ。コオロギ、川エビ、金魚。色んな動物を飼い、そのたびごとに脱走され耳をそばだてて居場所を突き止めてきた。
俺は、耳は目ほどにどうたらと言う言葉を思い浮かべようとして出来なかった。

第2話:限界について

 夏になるとトタンの屋根が焼けつき、まるでサウナに入っているかのようだった。砂浜では、アベックや子供達が大声を上げて波打ち際で遊んでいた。そんな状況で俺は源心御流中国拳法なるものを、龍豊先生から学んだ。
 80歳を越えているのに姿勢はとても良く、いつも凛としていた龍豊先生も、阪神大震災の後どんどん痩せられ、1年後の暑い夏にはガンによって身体をむしばまれていた。
そんなことを知る由もなかった俺は東京である日、先生の死を知ったのだった。
急いで新幹線に乗りこみ神戸の須磨に駆けつけたときには、先生の亡骸を火葬場へ運び込む最中だった。
 俺は、本当に男泣きした。
数少ない兄弟弟子達も大きな体を震わせ男泣きした。みんな声を上げて泣いたのだった。
稽古の時はこんなに恐ろしい人はいないと思った事もあった。拳法の形が違うと拳で頭をゴンと殴られもした。夏場は、特別大きなスイカをみんなにごちそうしてくれたときもあった。手裏剣の腕前を突然みんなに披露したり、ロープを取り出しボクシングもしていた先輩に本気で殴ってこいといい、先輩は恐る恐る本気のもの凄いパンチを繰り出した瞬間に、先輩の身体は宙に浮き上がり悲鳴と共に縛り上げられたこともあった。
 そんな先生もガンと歳には勝てなかったのだ。どんだけ凄い人間も、死からは逃れられないんだと俺は思った。
 しかし、あとから聞いた話では、先生は吐血して救急車で運ばれたものの、救急車内で点滴を自分ではずし、道場で死なせてほしいと嘆願して、結局戻ってきて道場で往生されたというのだ。俺は、自分の運命を最後まで見つめていた先生が、かっこよくもあり尊敬もしつつ、人間の限界について深く考えるのだった。
腹筋善之介(Fukkin Zennosuke)

1989年1月、惑星ピスタチオを結成、座長となり、1990年1月、惑星ピスタチオ旗揚げ公演から10年間にわたり公演をうち続け、2000年に解散。NHK朝ドラ「オードリー」に、ハラカン、ハラキンの二役で出演。香港映画「ホークB計画」、1年間のワークショップ「SCS」の講師、西日本NTTのCM、G2プロデュース「天才脚本家」など、様々な分野に進出。
関連サイト:ホークインターナショナル(http://www.hawk.jp/
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